Since1983

Nash music library

自由自在に音楽を創るための仕組み
~音楽ライブラリだからできること

03

―梨木氏自身、ずっと音楽一筋です。

決定的な出来事が中学生の時に起こりました。小さなトランジスターラジオをもらって、面白がっていつも寝る前に聴いていました。1960 年代初頭、テレビ真っ盛りの頃です。ソ連の 日本向け放送とか、どこか南米からの短波(?)放送とかも面白かったですけれど、当時テレビではまず触れることのない洋楽の番組がとても新鮮でした。そしてある日突然爆発したんです。「今週のアメリカキャッシュボックス第 1 位、ビートルズの”トゥイストエンドシャウト” !!」脳天がひっくり返って、血液が逆流して、文字通り瞬間的に始まった感じです。

―1976 年にロックバンド”BUX”のメンバーとしてビクターからレコードを出されています。

当時はもちろん、音楽を創るということが自分の作品が顔と名前付きで、どんどん世の中に出て広がっていく、ということとほとんどイコールでした。自分の顔・名前を売らないといけない。この曲は私が創りました、と言って回らないといけない。広く世の中に「いい曲だな」と言ってもらうためには宣伝もしないといけない。自分の作りたいものと世間のニーズが一致するとは限りません。「新しいサウンドを生み出したい」「斬新な作品を創りたい」という意識を持つと、簡単には理解してもらえなくなります。私自身、色んなことをやりました。こんな音楽を作りたいというビジョンを持ち、それを作り、売る。とにかく売れなければ話にならない、そんな時代でした。

Image

バンドを解散後、CM 等の楽曲の受注制作に従事されます。

かつての大阪には、テレビ・ラジオ CM の仕事も多く、タカラヅカ歌劇や OSK が華やいでいました。オリジナルの音楽制作の仕事も多く、演奏家や制作会社、録音スタジオも活況でした。こういうものを作って欲しい、ああいうものを作って欲しい、と頼まれて作りましたが

私自身は受注して音楽を制作して納めるという仕事に、
結局は向いていなかったのかも知れません。

これは一般論として聞いていただければと思いますが、曲を発注する側は、予め欲しい楽曲のイメージを固めているものです。ですから、依頼人の趣味嗜好、これはもうはっきり言ってその人の好み ( エモーショナルなもの、スピリチュアルなもの全て含めて ) に左右されてしまいます。人それぞれ、音楽に関してはそういう嗜好性を、誰でも価値観として持っていたりします。そこが音楽の面白いところです。作り手側はそれにターゲットを絞り、発注側のイメージに合わせていくものですが、それはそれで大変な技術が要ります。

「これで OK だろう」と楽曲を提示したところで、「いや違う」と返されたりすることもありますね。

上手くニーズに応えているはずと思っていても、これが違うあれが違う、とスポンサーに言われたりします。そういうことの繰り返しと言うか、そんなやり取りを連綿と行いながら妥協点を見つけていく。その経過の中で、作り手としては、こんなものが作りたかったわけじゃないのにな・・・という部分がたくさん入ってくる。発注側としても、作ってもらいたかったものとはちょっと違うんだけどな・・・と。

音楽の受注制作は一つのビジネスの形としてもちろん今でも存在しますし、例えばメセナ (※企業が主として資金を提供して、文化・芸術活動を支援することであるが、これにより権力者が資金的バックアップ < 発注 >を通じて音楽家を囲い込む図式ができた ) のように昔からあるパターンの仕事です。そもそも、ヨーロッパの偉い作曲家は、王様からこんな曲を作れ、と命令されて作っていました。映画「アマデウス」のように、全くの素人が音楽を批評し、いいとかダメとか判定するわけです。私はそれが現実だと思います。そんな外部の要望を聞く中で、それを取り入れ、さらに飛び越え、自分の価値判断・価値尺度を全面に出して作品を作り上げた、そんな天才もいます。それは作り手側が発注側をある程度無視した、飛び越えた結果です。そのようにして出来上がった作品を発注側が最終的に納得した、そんな作品の中に素晴らしいものがあるのではないでしょうか。

レコードが発明される以前、バッハやモーツァルトの時代から現在まで脈々と続いているビジネスの形なのですね。

それが素晴らしい作品を生み、連綿とクラシックとして残っていく、ということはもちろんあります。しかし一般的には中々うまく機能しないと私は思います。いずれにせよ、自由自在に音楽を創るための枠組みや環境が当時の世の中には存在しませんでした。

その枠組みの一つの試みとして音楽ライブラリを始められた。

もちろん音楽ライブラリの制作は、放送・映像業界の大きなニーズがあり始めたわけですが、しかし、音楽ライブラリの場合、一般的な受け仕事のように逐一オーダーを受けて制作を行うわけではなく、こんな曲を作ってほしい、あんな曲を作ってほしい、と具体的なディレクションを受けて作るわけではありません。もちろん、ドラマであればこんな作風、インフォメーションであればこんな作風、バラエティであればこんな作風、といったように、全体的に求められているサウンドはある程度想定が必要です。例えばナッシュミュージックライブラリーでは、今回はこんなテーマで制作しよう、と社内スタッフを中心に相当計画建ててやっていきます。そのテーマの中で、アーティストに自由に作ってもらうという基本方針です。テーマを外れてしまえば NG が出るかもしれませんが、その点以外は自由に飛び跳ねてもらいたい。

いったん作り出したらアーティスト自身が自由に思うままに作りあげる、
それが音楽ライブラリ制作の一つの大きなポイントです。
Image

音楽ライブラリであればアーティストの創造性を最大限に生かすことが出来そうです。

それは間違いないと思います。しかし、ライブラリと言うのですから、色んな作品を揃えていなければ話になりません。テレビ、ラジオ、企業 CM、イベント等、ユーザーの音楽使用用途は様々です。業務用音楽集として、色んな人が各々の使用用途に応じてピックアップして使うことができなければ音楽ライブラリではありません。私自身としては、ナッシュミュージックライブラリーの制作を始めるに当たり、とにかく自由に、活き活きとした音楽をたくさん作っていこう、という風にかなり単純に考えました。「自分が作りたいものを作る」「依頼されたものを作る」音楽ライブラリのスタンスはそのどちらでもありません。

ナッシュミュージックライブラリーには一般的な映像制作の業務を想定して作られたとは思えないようなユニークな作品も多いです。

思いのたけをどんどん入れてこい、投げ入れてこい、とアーティストに対して言うことができるのが音楽ライブラリであると思います。「どうしてもこんな曲を作りたい」そんな思いで作られたユニークな作品も、音楽ライブラリという「枠組み」があれば投入していくことが可能です。

私は自由自在に音楽を創るための「場」、
その一つがナッシュミュージックライブラリーであると考えています。