炮理 (ひょうり) by 村田尚司

Self Production Note ────────


今回のアルバムを制作する以前から作曲の仕事の合間に曲作りの手法について色々と考えていました。
今まで自身が作曲したことのない方法で曲が作れないかと考えていたのです。
その一つの答えとして「曲を一度完成させて、それを構築し直して新しい曲に出来ないか」ということでした。この答えにワクワクし創作意欲が湧いた頃にアルバム制作のお話をいただきました。
この不透明な時代の中で、なかなか新しいモノづくりにチャレンジできない中、新しい手法での曲作りにチャレンジさせていただいた周りのスタッフの方に心より感謝申し上げます。
全編を通して、曲の再構築、逆回転再生手法でのメロディー、音程のずれた楽器、自然音を加工させることにより別の創造物の昇華。
「音」の価値観は一つではなく無限の可能性があるということをアルバムづくりを通して再認識させられ自身にとっても有意義な制作期間でした。
色々な音の配置を綿密に施していますので、出来ればヘッドフォンでお聴きいただきいただければ聴くたびに新たな発見ができるアルバムでもあります。

1.解界
新しい価値観への扉を開けるにふさわしいオープニング曲です。曲を再構築した際に曲自身をぶつ切りにし、または逆回転再生することにより今まで当たり前だと考えられていた曲の構成をさらに違う世界観で作り上げることができました。まさに「結界」が「解し」ました。

2.爽籟 貮巻
以前に発表した自身のファーストアルバム「Geeka」の「爽籟」を彷彿させる曲で、音で「風」を感じる曲です。この曲もギターのアルペジオを逆回転再生することにより不可思議な「風」が頭の中を駆け巡っていきます。

3.幻月
「現実」と「虚実」を行ったり来たりすることをイメージして制作しました。「幻月」とは月の左右にできる一対の暈(かさ)で、光が強く、別に月ができたように見えるものです。曲中で聴こえる「鐘の音」が「現実」の月を表し、その他のノイズ音が「虚実」の月を表していますが、最後は、現実と思っていた月が実は虚実の月だったという構成になっています。

4.無稽
バリの民族音楽「ガムラン」を「日本」というフィルターを通して制作した曲です。色々な鐘の音が飛びかい、交わっては分離し回転していく。静寂が訪れたと思えば、音の「雨」が降り注いでくる。音が粒子のように感じるのではないかと思われる1曲です。

5.森羅
テーマのピアノの音程を変えることにより、洋々なモノに変化していく様を表現しました。変化したモノが天地の間を行き来し増殖しさらに変化し別の「モノ」になっていく。人の預かり知らないところで連綿と行われている事象が感じていただけるのではないかと思います。

6.玲瓏
蝉時雨の中を浮遊するような二胡の音。自然音と鈴の音が触れ合って響く様は、身体と心を静寂の神域に誘ってくれます。実際奈良県吉野郡の山々や神社仏閣で聴こえる音を使用し、自然音と人工音の調和を目指した曲でもあります。

7.天羅
宇宙より音が降り注ぎ、そして地上から宇宙に音が昇っていく様をイメージしました。音の行き来が終わると平穏な音の地平が現れますが、その中にも不穏な音が混じっていきます。清濁が世界に混在し、天羅(ソラ)からそれを俯瞰しているような音の配置と音色、加工に気を配りました。

8,幽玄
静かな竹林の間を行き来するこの世に在らざるものをイメージしました。曲の冒頭は静かに浮遊するも曲中盤からその牙を剥きはじめます。この曲も再構築し直した曲で当初は静かなイメージの曲でしたが、曲を断片化することでそのイメージを一変することになりました。出来上がった印象は平穏な日常が切り取られてパンデミック化するかのように思われました。

9.炮理
この曲はアルバムの題名にもなった曲です。曲名の「炮理」とは「理(ことわり)」を「炮く(やく)」という意味の造語で、メロディーのほとんどが逆回転再生で構成されています。常識的な曲作りにとらわれることなくピアノのメロディーを逆回転再生することにより「荒々しく」「音声」のような新しいピアノのイメージを持つことができました。

10.清明
この曲も一度制作した曲のフレーズを逆回転再生しリフレーンさせ、後ろに流れる細かなシンセサイザーのフレーズや水の音と対比させました。そのことにより水音や細かな音がより美しく際立って聴こえるような気がします。水の音は兵庫県市川町にある「祇園神社」近くの川の流水の音です。曲終盤の逆回転再生の音が古い社から聴こえる神々の声ではないかと思いました。

村田尚司 (作曲家)

 

本作品は音楽ストリーミングサービスで聴くことができます ────────